葬ろう部

いろんなことを書き記し葬っていくブログ

子供の存在はギフト

今でも時々子供の寝顔を見ながら、大きくなった手を握って

「この命って私の体内で産まれたんだよなぁ・・・」と不思議な気持ちになる。

お腹に宿ってからは一番近くにいるのに10カ月、会うことは出来ない。

でもお腹を蹴ったり暴れたり、そこにいることを主張する。

お腹が大きくなるとただでさえ膀胱圧迫されてトイレ近いのに

足で膀胱を暴行してくるのでたまったもんじゃないw

 

胎内で細胞から人の形になりこの世に生まれ出て、今もどんどん成長している。

この感覚は女にしか味わえないことなんだよね。

男の人はお腹の中で別の生き物が生息している経験なんて

寄生虫くらいしか出来ないわけで。

だからといって女はえらい。男はダメだって言いたいわけじゃない。

男なくしては受胎しないのだから。

ただ本当に貴重な経験をしたと言える。

 

「子どもは親の分身ではない」

 

だけどね、私が教えることから学ぶことが多い。

人生の前半はほぼそれで、学校に行くようになり社会に出て

いろんな考えに触れ、学び、自分の形を作っていく。

けっこう責任重大なんじゃない?って思う訳。

 

 

子供がお腹にいる時に「いったい私は何を教えてあげれるだろうか?」

と考えたりもした。

幸い女の子なので得意な手芸も一緒に出来るだろう。

勉強は・・・忘れてしまっているので一緒に頑張ろう。

 

大したことは教えられないかもしれない。

でも今までの経験から学んだことは大きい。

何かしら伝えられることはあるだろう。

立派な経歴がなくとも。

人として。女性として。

 

やっぱり子供には幸せになってもらいたい。

まだ嫁に行く年齢でもないのにそんなことを思い泣けてきたり。

そんなことで本番どうする?w

 

今のところ大きな問題はないけど、これから恋愛もして

いろいろなことを経験するのだろう。

良いことも、悪いことも。

 

子供は可愛いけど、温室育ちの花にするつもりはないので

外で雨風に晒されても強く生きて欲しいなぁ。

 

子供を得ることは一生ないと諦めていた時期があって

辛いことがあった時にいじけずに来たから

その御褒美に子供を得ることが出来たと思っている。

これはあくまで私の場合ね。

 

子供にイライラする時もあるけど、それ以上に喜びが大きい。

私のとこに来てくれてありがとう。

 

 

子供が授からなくて悲しんでいた過去の私はここに葬ります。